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  • オズとも子

グローバルで日本人らしい心の教育アプローチとは?

更新日:11月18日

西洋の心理アプローチでは「自分の意見をいう」はポジティブに受け止められる反面、「周りをみて動く」は割とネガティブな意味合いでとられがちです。


しかしながら、やさしさが長所な人は、やさしさが短所にもなるように、人間の長所と短所は常に表裏一体なもので、それをうまく生かせるか?が鍵となります。


こころの教育グローバル研究所では


日本人の得意な「周りを見る・察する」という集団察知能力を、自分の内側に転用し


こどもが、自分の心で起こっていることをメタ認知できるようになって、もっとのびのび自己表現・自己受容できるようになり(親に伝える事もできるようになり)、「自分を大切に、自分らしく生きる」というゴールにたどり着く


という、日本人の文化や精神性に合わせた心の教育を大切にしています。

心理系の書籍には「あなたはどう感じてるか?」「あなたは、本当はどうしたいのか?を大切にしよう」と書いてあります。ただ(20年臨床現場にいますが)やはりそれだけではうまくいきません。本心がよくわからない・・という所でつまづく事も多いからです。


西洋で発達した心理学、心理アプローチは、まず「あなたは本当はどうしたい?」「あなたはどう感じてるんですか?」という所から始まります。


しかし、日本人の精神構造上「あなたは、本当にどうしたいのですか?」と迫られれば、ほとんどの人がまず「うーん・・」となってしまいます。


そして「でも周りが困るし・・」「周りがこう言うし」というような周囲の反応について話す時、日本人はとても饒舌です。

これがどうして起こるかというと、日本人の精神性が、「自分と他人の境界線が曖昧なメンタリティ」を持つからです。


例えば欧米では話す時は、私とあなたは「個」として分離されています。

そして、自分を表現するときは必ず「I」(またはMy)から始まり、主語がはっきりしなければ会話が成り立ちません。


ところが日本語は主語がなくても会話が成り立ちます。

日本人は、自分よりも周りをみて話すからこそ、主語が曖昧でも、お互いに理解しあえます。


また英語のように、何かを話す度に毎回「私は」「私が」「私の」などと毎回言おうものなら、「なんだか、めんどうくさそうな人だな・・」と思われます。


この内的な世界観の違いは、一神教(例えばキリスト教)多神教(神道)にも表れています。宗教観は、その民族の精神性(内的世界)を表していますが


一神教では、神と自分は完全に別々のものです。


しかし神道のような多神教では八百万の神となり、米も、石も木も、動物の中にも神がいて・・となってくると、自分の中にも神がいるということになるわけです。


ここまで内的な世界観や精神性が違うと、日本人が自分を理解し表現する時に、「自他の境界線がはっきりしている土台で作られた西洋の心理アプローチ」だけでは言語化されることが難しい、とらえきれない領域が出てきます。


その部分を言語化するために作ったのが、日本人の精神性にあったメタファーです。


それを用いて、心の中を観ていくと、予想以上にすんなりと理解ができ、表現できるようになります。


また日本人は「個」の自分ではなく「周りをみて動く」のが得意です。


しかし、そこは西洋的文脈では否定的に捉えられがちで、西洋で発達してきた心理アプローチを学ぶと「周りをみて動こうとする自分にダメだししてしまう」というループに入る人たちが多くいます。

ですが、共同体社会で生きる日本人の得意な「周りを見る」という能力を、自分の内側を観ることに転用していくとどうなるか?ということなのです。


日本人が得意な能力を内側に向けてうまく使うことで、自己認知・受容・表現しながら、最後はあらゆる心理アプローチが目指す「自分らしく生きる」「自分を愛する」というゴールにたどり着くことができるのです。


その場合、自分自身を、西洋のような「個」を「ひとつのもの」として捉えるフレームを一旦手放してしまうほうが、スムーズなのです。


自分を「多の集まり」(集団)として捉え、誰の心にも王国があり、多くの国民が住む国というフレームワーク(メタファー)を用いて、「多の集まり」である自国民たちはどうか?自分の中のみんなはどうか?という視点を用いると、日本人は、とても饒舌になります。


日本独特の「国風文化」が形成された平安時代にも、日本人は同じように内面世界を捉えていましたが、西洋的な心理学のアプローチより、そのほうが日本人の心に合っていると思います。


これによって、いままで西洋式だと理解しずらく、表現されてこなかった内面世界(心の状態)が、大人だけでなく、子どもたちでもラクに気持ちをメタ認知できるようになり、自然と言語化(表現)できるようになります。


結果、日本人らしいありのままのメンタリティで、もっと自分らしく生きることが実現しやすくなるのです。


これは「自分を大切に」「自分を信じよう」と言われても、漠然として、具体的には「心の中がどうなったらそれが出来ていると言えるのか?」を説明できない私たちが


「いま自分の心の中で何がおこっているか?」を簡単にメタ認知できるようになり、それを自己表現しやすくなる、グローバルで日本的な包括的アプローチです。


現在、こころの教育グローバル研究所だけでなく、横浜市立本牧南小学校などでもこのアプローチを使ってこどもたちにEIの授業をしています。小学校での授業の様子はこちら


グローバルで日本人らしい心の教育を通じて、日本の子どもたちが自分も周りも大事にでき、もっとのびのび自己表現できるための「こころの教育(EI)」。


それによって、日本人らしい精神性のまま、ひとりひとりが、もっとのびのびと自分らしく生きていける社会が、実現できるはずです。


異文化の欧米スタイルをそのまま直輸入するのでもなく、どちらが正しいとか間違っているということでもなく、わたしたち日本人にあった心の教育が、これからも広まりますように(^^)。


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